蛍窓談義

陋屋にて筆に花開かせんと欲する者の雑文の掃きだめと申すべきもの

社会人と会社人

お題「どうしても言いたい!」

どうしても、ってほどでもないけど、何となく言っときたいこと。

私は「会社人」という言葉が大嫌いだ。
心底嫌いだ。

ただ「嫌い」というだけではおバカなので、何が嫌いなのかを考察してみたいと思う。

社会人とは

社会人とは何だろう。
これって複数の回答があり得る問題で、おそらくそのすべてが正解なんだとは思っている。

とはいえ、私はこう思っている。

社会人とは、何らかの経済活動を営んでいる人。

だと。

なぜこうもまどろっこしいことを言うのかといえば、社会人=会社人とならないような定義づけを考えておきたいという藁人形論法的な発想からであったりする。
ようは自分にとって都合のいい定義を作り出したい、ということでもあるわけよ (笑)
閑話休題

専業トレーダーや、主婦 (主夫) の人たちは社会人ではないということなの?
定期的な収入がないから社会人ではない? 主夫/主夫は無給の奉仕労働だとでも? 本気でそう思っている人はいないでしょう。

では、個人事業主や自営業者はどうなのか。定期収入はあるが、それには波があるわけだから。
自分たちで汗水たらして働いているわけで、彼らを社会人ではないというなら普通のサラリーマンは皆社会人ではなくなってしまうではないか!

なるほど、汗水たらしていない会社の経営者は社会人ではないのか。
こういったら世の中の人は納得しないだろう。彼らがいなければ会社が成り立たない、と。

つまり、人は経済活動に関わってさえいれば、立派に「社会人」と呼ばれうる資格があるはずだ。
ということは、学生アルバイトであろうと、外資コンサルのパートナーであろうと、皆、社会人である。

会社人とは

その会社の人。ということではないだろうか。

石油元売り会社のTV広告でも「〇〇人」という題をうっていたわけだし。

1つ特定の会社に属していて、その会社の人を〇〇人、というのだろうが… これがすごく嫌なのだ。
会社というファミリーに属している、という意識を持たせるためのことなのはわかるのだが、それが嫌なんだよな。
というのも、「うちの会社の考え方に染まれ」「ほかの考え方はいらないんだ」と言われているような気がして。

それゆえに、社歴がものをいうような会社ではおそらく〇〇人という言い方が蔓延しているのではなかろうか…
すなわち、日本企業全体に蔓延しているのではないだろうか、ということである。

1つの会社に長く勤め続ける、ということが美徳だったかつての日本社会では、これでいいのだ! だったのだろうけど、人材の流動性を高めたい、とかいうならそういうところも考えたほうがいいんじゃないかなぁ。

もしかすると、人材の流動性を高めたい、と言っている産業はいわゆる第3次産業だけで、その他の産業はそう思っていないということ?

であるとすれば、第2次産業は熟練工がー、とか、技術の継承がー、とか言っていることを考えると、流動性が低いほうがいいと考えている製造系の業種特有の問題?
第2次産業では人材の流動性が高まると、日本企業の競争優位が技術力にあると考えられているので、競争優位が失われる由々しき事態だから、〇〇人と言って会社のファミリー感を高めて、人材の流出を減らす策を考えるということなのだろうか。
だとすると、〇〇人が蔓延しているのは日本の製造業、ということかもしれん。

もしかすると、〇〇人という言い方と、会社の「大家族主義」というものにリンクがあるのかもしれない。

この嫌な感じを脱するには転職ということなのか…? 今時点では (私にバリューがなくて) 難しいかもしれないが。
何らかの機をうかがって転職にチャレンジしてみたい。石の上にも3年というので、(この考え方が正しいかどうかは別として) 3年以内で転職できたらいいなぁ。

結論

〇〇人という言い方が社内で多く使われるのは製造業。もしくは、大家族主義を謳う企業。

異論もあるだろうけど、とにかく今時点では私はこういう認識だということを備忘としておきたい。