蛍窓談義

陋屋にて筆に花開かせんと欲する者の雑文の掃きだめと申すべきもの

ブログの名前の由来書

「蛍窓談義」。変に格式ばったブログの名前である。

 

ブログの中身の説明。「陋屋にて筆に花開かせんと欲する者の雑文の掃きだめと申すべきもの」。ひどく堅苦しい。見苦しいとさえいえよう。

 

これの意図せんところを、書きつけることで自分の備忘とする。

 

蛍窓談義由来書

文言小説に「螢窓異草」という書物があるのである。中身は大筋「聊斎志異」に似たもののようである。聊斎志異は読んでいるが、残念ながら教養人として持つべき教養の漢文はサッパリなので適当に引っ張ってきた(笑)

 

という説明でもいいのだが。

 

蛍窓というのは、唱歌仰げば尊し』にある「蛍の光、窓の雪」、のもととなった晋書・車胤伝―蒙求・注から。

細かいことは、下のリンクをご参照。

dictionary.sanseido-publ.co.jp

ということで。蛍窓。

談義は「物事の道理を説き明かすこと」、というのが原義 (日本国語大辞典)。

野人とはいえ、各種の道理を説き明かす、というのはなかなか重いけれども、自分の思うところを披瀝し、かつ筋を通す、ということであれば道理を説き明かすというのはあながち過ちでもなかろう。

 

内容の説明とな

「陋屋にて筆に花開かせんと欲する者の雑文の掃きだめと申すべきもの」ということだが。「陋屋」と「筆に花開く」だけで十分であろう。

陋屋にて

要はボロ屋ということだ。事実我が家は (建物が) 古い。戦後15年程度で建てた家と聞くから、2020年までこの家があればオリンピックを2度経験することになるらしい。

それに加えてブログのタイトルが「蛍窓」だ。まさに貧が極まっているといえよう。

筆に花開かせん

筆に花開く。なんのこっちゃ?となるのが自然ですな。

 

まず1つ目に思い浮かぶのは、街宣車が流している戦前期の軍歌の陸軍士官学校校歌にある「土さえ裂くる夏の日の 手握る筆に花開き 星欄干の霜の朝 振るう劔に龍踊る」からではなかろうか、と疑われて必然かもしれない。

 

とはいえ、一応きちんとした典拠はあるのだ。「開元天宝遺事」という書物の「天宝下、夢筆頭生花」に次のようにある。

李太白少(わか)かりし時、用ふる所の筆の頭上に花を生ずるを夢む。後、天才贍逸(せんいつ)、名、天下に聞ゆ。

 と (字通より引用)。つまり。

李白 (字が太白なので李太白) が若い時、普段使っていた筆に花が咲く夢を見て、そののち詩の才を買われて (当時は科挙があまり重視されずに門閥政治だったため) 出世して金持ちになって世に広く知られた。

ということですわ。これを基にして陸士校歌が作られているはずで、むしろ原典に忠実なのは私のほう!! 手に握る、というような描写は原典にはないのだ!!!!

 

まぁどうでもいい。とかく、勉学にいそしみ、功成り名成りを遂げたい、というシタゴコロ丸出しな内容であるわけ。